許せない事件は”無関心”が原因

先日食事の後もう少しの呑みたかったので飛び込みで小さなバーに入ってみた

半円のカウンターだけの小さなお店、暫くすると一人の男性客が入って来て私の隣に座り注文をするなり半円のカウンターの奥を気にしている。横に座っているのだけど私の目の前を通り過ぎる視線があまりにも過激なのでどうも気になる、視線の先は一人の女性、40代の奇麗な女性だ。

なるほど、気持ちは良く解る、然しその視線はラテン系の熱い視線と言うよりは男の私からしてかなり”いやらしい”のだ、面白いくらいに(;^ω^)

これは無理だな!残念乍ら釣り合わない・・

視線を感じてか暫くすると女性はカウンターを立ち上がった・・・・

お見合いパーテイー帰りだったのか

女性が帰ると、この男性は店の常連らしくカウンターのマスターにしゃべりだす、”今日は3人くらいいいなと思う人が居たんだ・・”

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話を聴いているとどうもお見合いパーテイーの帰りのようだ、しかもかなり頻繁に参加をしているが、今のところ勝率は低いらしい

男女の色恋に野暮な事を言うつもりはない、人間も動物だから本能で異性を求める事もある、よき伴侶が見つかる事を祈ろう

自分好みの女性に育て、結婚したかった

バーの男性ではなく、連日新聞で報道されている倉敷少女誘拐犯の身勝手な言い分

歪んだ人格、児童ポルノ等こういった事件は最近やたら聴くことが多い

温浴業を運営していると多くの子供たちも来店してくれる、子供が騒ぐのは運営側からするとどうにも面倒なのだが、見方を変えれば子供の笑い声がない日曜日の営業もなんだか物足らない

こういった子供たちを狙った許せない輩が時として紛れ込む、ネット社会が原因だという声もある、ストレス社会のはけ口と言う声もある、果たしてそうかなといつも思う

歪んだ人格の存在、ストレスは今の時代特有のものでは無い筈である、然し以前と違うのは”無関心”さではないかと思う

湯船で騒ぐ子供が居ればそれをしかる大人が必ず居た筈である

不審な行動をする人が居ればそれを注意する者が必ず居た筈である

社会全体が個人主義と言う名のもとに無関心になっているような気がしてならない

スーパー銭湯は関心あるコミ二テイーの場でありたい

浴施設は裸になって人が集う日本独特のコミ二テイー、人に迷惑をかけない、いけない事はいけないと言える場でないとダメだ

マナーを守らない人に対する張り紙は100枚貼ろうが1000枚貼ろうが効果はない、そう言った人達にはそんな貼り紙は目に入らないからだ、自覚がないのでマナーは守れない。

それよりもスタッフは怯むことなくダメなものはダメと言わせたい

そして館内がそういった常識をわきまえたお客様の場にすることで、お客様同士でも後腐れなく注意し合える場所であるべきだと思います。

本当の居心地の良さとは”無関心”よりも寧ろ”関心”する心が動く事で得られるのだと思うからだ

”あのーあなたの目線はいやらしすぎて逆効果ですよ”・・・関心があってもバーで赤の他人には流石に言えない

誰か親しい人が教えてあげれば彼の勝率は上がると思うのがが・・・これは大きなお世話ですな(;^ω^)

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おのやすなり

小野康成 温浴施設コンサルタント 温浴施設の持つポテンシャルを視座を変えて見つめ直すと実に多くのサービスを提供できます。それを必要としている人が地域には溢れています。17年間で複数の温浴施設・飲食店を立ち上げ現場指揮から得た経験から、施設と地域と人を繋ぐプロデユースを行なっています。